学会で行方不明と男女のつながりについて思う

秋は学会シーズンである。私は社交は苦手だが、まだ若手の部類に入る人間なのであちこちに顔を出す必要がある。あまり馴染みのない学会は、その後の懇親会で話す人がおらず、心細い。馴染みのありすぎる学会は、もちろん居心地よく楽しいのだけれども、長年のしがらみに満ちた人間関係の中で上手く立ち回らねばならないので、それなりに気を遣う。私は学部から同じ領域にいる人と比べれば、20代前半の人生で一番恥ずかしい時期を見られていないため、まだまだ気は楽だけど、それでも、10年も同じコミュニティーにいると、何かと個人情報も知れ渡っており「○○さん、このあいだ××だったんだって?」と、思いもかけないプライヴァシーが皆に知られていたりして、驚くことがある。

さて、以前ここで書いた行方不明の学生たちだが、今回の学会で、思いがけずその消息を知った。行方不明その1、無名大学の院に進んだ学生は、その後、進んだ院で学位が取れず退学し、今は無職でいるという。当時の同級生に、悩み相談の電話をかけてくるそうだ。私はその結果はある程度予想していたので驚かなかった。彼にとってこれからは茨の道だと思うが、まあ、そればかりは自分で乗り越えるしかない。

心の病を抱えていた行方不明その2とは、予期せず今回の学会で出会った。端から見る限り、統合失調症だろうと思うのだが、容態は安定しているようだ。薬によるコントロールが効いているのだろうか。しかし軽いとはいえ症状は続いているようだし、そもそも、すでにアカデミアに所属はなく、40歳近くにもなって、無職である。恐らく親に仕送りをしてもらっているのだろうが、彼がそこまでアカデミアにしがみついているのを見ると、親を責める気持ちにもなれない。私の周りにも、子持ちが増えてきたし、大学で教える学部生とも、親子ほどに年齢が離れつつあるので、最近は、親御さんの気持ちになって物事を考えるようになった。ご両親はもう、彼の大学業界における出世は諦めているのだろうし、無職の彼が、そのような場所に参加すればするほど恥をかくことには気づいているものと思うが、それでも仕送りを続け、彼を支援するのは、せめて彼の自尊心を支え、少しでも幸福に日々を送ってもらいたいという気持ちの表れなのだろう。そう思うと、切なくなってくる。

前には書かなかったが、私の周囲には、行方不明3もいる。昨年、都内の学会で会った3を、今年は見なかった。3は指導教官と喧嘩してドクターを辞めてからは、あちこちの大学で研究生や無給の研究員として暮らす、流浪のアカデミア生活を送っていて、最後に会った時は、とうとう大学の肩書きもなくなっていたので、業界から身を引いたのだろうか。妻子がいたから生活もあろうし、そろそろ潮時だと思って帰郷したのかもしれない。

さて、標題に書いた男女のつながりであるが、狭い業界にいると、同じ学会の中で、身近な男女がくっついていることがままある。もちろん周囲の者はそれに気づいているけれども、知らない振りをするのが大人の礼儀である。そのように見てきた男女が、いままで何ケースあったことか。しかし今回、その手の関係で、少し思うところがあった。
大学院を出てから数年を経た今、生き残った者と、消えていった者が、明確に見えだしている。学会内でつきあって、女子が出世し、男子が行方不明になったケース。男子が出世し、女子が行方不明になったケース。消えていった側は、無職やワーキングプアとして、職業が定まらず今も悶々と暮らしている(であろう)一方、残った人間は、10歳以上年の離れた女子なんかと結婚したりして、最近は家を建てた人物もちらほら見受けられる。彼らを見ながら、その背景で消えていった院生たちを思い出すと、なかなか感慨深い。生き残りの厳しい業界内で、つき合った院生がともに学者として成功することが少ないのは分かるが、数年のうちに、つき合っていた二人の状況がここまで変わる現実を見ていると、時間とは残酷なものだと、しみじみ思わさせられる。

そのような気持ちになりながら都内に戻ると、すでにクリスマスの季節になっていた。独身の後輩に「毎年学会が終わるとクリスマスになるね」と話しながら電車に乗った。どのように過ごすかは聞いてもムダなので、それ以上何も話さない。彼と私は来年の学会シーズンも、またこのようにして迎え、終わるのだろうか。そのように考えていたら彼が「私は来年任期切れなので、次の学会ではどうなっているか分かりません」、と。
時間は残酷だ。皆(と私)、頑張れ。

大学院の受験

学部の受験に関することばかりを書くのもなんだから、院試について書こうと思ったが、あまり思うところがない。神経症の克服という点では、学部受験と大して変わりない。それでも、一般的な院試対策の参考になるかもしれないと思い、つらつら綴ってみるが、私は特に院試専門の予備校に通ったことはなく、院試に関する案内書を読んだこともないので、完全に独自の方法である。でも、大学の内部から物事を見るようになった今、実はそれなりの正攻法だったと思う。

私には大学院受験予備校の意義が分からない。あのような所は、いったい何を教えているのだろう。個別性の強い院試で、包括的な予備校という形式が機能するものなのなのか?まあ、不安な時の相談相手や、同志のコミュニティー提供場所としての機能は理解できるから、行くことを否定はしない。ただ、もしアドヴァイスを求められたら、院の予備校に行くよりは、進学したい大学院の科目履修生とか研究生をしたり、語学については、語学専門の学校−−たとえばTOEFLの予備校など−−に行った方が効率的だと答える。

学科

  • 専門科目

専攻を変える必要上、出身学部の勉強とは別の専門科目を学ぶ必要があったが、それは独学で済ませた。その際、将来の指導教官に、内部生の女子学生を紹介してもらい、彼女から学内で使用しているというテキストを教えてもらった。当日の試験には、そこに出ている内容が多く出題されていた。

  • 英語

マスターの語学試験は英語のみであった。院試とは関係なく、学部2年の頃から近所の英会話教室に通っていたので、普段から英語に慣れる生活を送っていた。また、街の英会話学校だけでは触れられない、抽象度の高い単語を理解するために、The Japan Timesの社説を読んでいた。大抵、実験のある日の朝や昼休みに大学図書館でコピーを取り、ノートに貼り付け、実験が終わるまでに訳し終えるというスケジュールであった。
 余談だが、いつもと違う種類の緊張を強いられる英会話教室は、ウツや神経症の克服にも向いている。私は英会話学校のレベル分け試験でさえ、緊張で十分に解答できなかったので、最初は超初心者向けのクラスに入れられたが(過去形を使えない人の行くクラス)、周りよりも自分に能力があり、積極的に発言しても恥をかかない状況が、自分に自信をつけさせ、人前でのあがり症を克服させる役割を果たしてくれたと思う。

研究室訪問

私が進学希望していた領域は、自分の卒業する学科とは殆ど関係のない所であり、人脈を頼りに訪問することは出来なかった。それゆえ、当時発行されていたAERAムックの「○○学がわかる」シリーズを頼りに、コネもツテもない先生に連絡を取り、話を聞きに行ながら、少しずつ自分の関心を絞っていった。行った先で「君はこっちの研究の方が向いているんじゃないの」と他の先生を紹介されたこともあった。結局、そのときに紹介された先の研究室に私は進学している。
最初に研究室を訪問したのは、学部3年の春だ。そこから学部4年の春までの間に、全部で4つの研究室を訪問した。私の場合、専攻を変える必要から、かなり早めに準備を始めたのだが、特に専攻を変える事なく、知っている先生の所を受けるのならば、学部4年の前期までに訪問すれば十分だろう。
なお、後年、大学組織の内部に入ってから知ったことだが、外部の学生を取るかどうかは、ほぼ、研究室訪問の時に決まるようだ。ここで将来の指導教授に気に入ってもらえれば、あとは学科試験でそれなりの点数さえ取れれば合格できる。逆に、教授が取りたくない場合は、どんなに本人が望んでも合格させてもらえない。「学科試験は問題ないのに」と思うかもしれないが、院試は、医学部の面接と同じで、その職業になる上での適性があると判断されて、はじめて受かるものである。単に受験勉強ができるだけでは学者にはなれない。だから、もし学科試験で問題がないのに落とされた経験が複数回あるのならば、その領域で研究者になることは止めた方がいいだろう。

落ちる人

私は、研究室訪問も学科試験も、特に深く考える機会もないままにクリアしてしまったので、どのようにすれば院試に受かるか、ということをあまり考えたことがない。しかし周囲を見ているうちに、少なくとも「落とされる理由」というものは何となく分かってきた。そういう人は、だいたい次の様な特徴を持っている。

  • 研究室の内容と合っていない

最初の研究室訪問で、やんわりと「この研究室には合わないんじゃない?」てな事を言われているのだろうが、それに気づかずに受けてしまう人。コミュニケーション能力が低いというよりは「○○大学じゃなきゃダメ!」と、院試に及んでも大学名に拘っているためだと思う。

  • 目的意識が曖昧な人

大して才能もなさそうな学生が、なんとなくアカデミズムに触れていたいな、程度の動機で受けると、大抵落ちる。特にドクターコースの場合それは如実で、学内出身者であっても、動機が明確でない限り落とされる。院試で最も重視されるのは目的意識だ。逆に、マスター程度であれば、目的意識を持ってさえいれば、学力が多少及ばずとも合格することもある。(もちろん最低限必要の点数は獲得しておかねばならないが)。

  • 指導教員から無能と思われている

今時マスターコースならば、学科試験をこなせる位の学力があれば、それほど研究能力を問われることはないけれど、ドクターコース志望者の場合、研究者になる才能がないと教授に思われたら、何度受けても合格しない。こういう人は院試で多浪するし、元々適性がないせいか、それとも多浪により精神力が弱くなっているせいか、院に入ってからもあまり上手くいかない。もちろん例外はあるかもしれないが、私はその例外を見たことがない。

ある受験生は、2度、私の所属研究室の院試に落ちてから、他の無名大学の大学院を受け、そちらに進学したが、その後、行方不明となっている。他の受験生は、一度院試に落ちた後に研究生としてゼミに出入りしていたのだが、やはり受からなかった。それでも受けようとするので最終的に教授が自ら「あなたは受験しても取りません」と本人に告げたそうだが、その次の年に、やはり受けにきたそうだ。こうなると教授も、落とすと逆恨みされるのではないかと怖くなってくるだろう。なお、この彼は、当時から精神疾患を煩っており、疾患のせいで正常な判断力がなくなっていたものと思われる。彼も後に行方不明になってしまった。

ところで、よく誤解されるのだが、大学院で使われる「行方不明」とは、生命の安否を指すのではなく、業界の関係者が、誰一人、その人の現状を知らないことを言う。そのような人は大抵、他業種に就いて暮らしている。女性なら主婦で、男性なら塾講師が定番である。

私の指導教授は厳しい人だったので、研究能力の無さそうな受験生は一切受け入れなかったが、隣の研究室の教授は人がよく、なぜかこういうダメダメな学生も多く受け入れていた。そして上手く指導できないばかりか、学内で事件を起こされ、ゼミの他の学生が被害者になる、という事態さえ生じていた。その研究室の助手によると、この教授は「僕のところにはなぜこんな人ばかり来るんだろう」とこぼしていたそうだが、端から見れば、彼に人を見る目がなかったのは明らかである。

  • 就職できる見込みのない人

これは無能かどうかの件とも関連しているが、特にドクターコースの場合、いくら目的意識が強くても、論理的な思考力に欠けていると思われたり(熱意はあるけど、あまりにも?な大学からマスターに入った人も含む)、社交性に問題があると思われる場合、進学は難しい。研究者として独り立ちできる能力のなさそうな人は、ドクターコースには受け入れないのである。ただし例外的に、社会人だったり主婦だったり、国家資格の取得者など、所得の安定している場合には、進学させることがある。指導する側は就職を考えなくていいので気楽なのだろうし、副次的作用として、多様な人材がいることにより、研究室の雰囲気が活性化され、若手が成長することを目論んでいるのかもしれない。またはポスドク1万人計画により増えた定員を、これらの人によって埋めているのだと思う。

なお、領域により就職のしやすさはかなり違うので一概に言えないが、理論色の強い私の所属ゼミでは、ドクターコースの1/3程度は学位を取らないまま退学し、そのような人は大抵、行方不明になっている。また、博士号をとれても半分程度は、アカデミアに定職を得ることが出来ず、40歳過ぎても専任非常勤か各種学校の講師をして暮らしている。そのような厳しい背景があるからこそ、指導教授は前もって学生を絞り込み、見込みのある人しか進ませないのだろう。

まとめ

ということで、思いついたことを書いてみた。なんだかドクターコースの話が多くなったので、参考にならないかもしれないけれど、まあ役に立てば。とはいっても、悪い事例ばかり書いてしまったし、役立てようもないか。でも、受かりたければ、ごく普通のことをごく普通にすればいい、という位しか思い浮かばない。実際大学院なんて、よほど対策しなかったとか、変な選択でもしないかぎり、本当に簡単に受かるところなので、アドヴァイスのしようがないのだ。それより学位を取得したあとの方が、どれだけ大変だったか……。

眠剤を悪用するなよ…

34歳女による婚活詐欺で、ハルシオンが用いられたというニュースを見た。こういう事件が起こると、日本でも規制が厳しくなってしまうのではないかと懸念が生じる。最近、せっかく処方してもらえる期間が長くなり、便利になったというのに。

今回の件は、私にとってはある意味ショックだった。健康な人の場合、酒と一緒に服用したら、ハルシオン程度で簡単に寝てしまえるのだ。恋人と初めての旅行であると同時に、婚約者の親元に行く直前である。私だったら極度の緊張で、ハルシオン1錠程度ではまず眠れない。ハルシオン0.25mg+デパス1.0mg、それでも足りずワイパックスを足し、最終手段としてマイスリー10mgでまとめる、というところか。ハルシオンだけだと、記憶は消えるが思考能力は残っているので、そこで女を疑う余裕もあるだろう。だから、もし被害者が眠剤服用者であったら、このような形での殺人は起きなかったんだろうなあと思う。しかし健康だと、たかだかハルシオン1錠で、目の前の女が不審な行動をしていても気づかないのか…。

ところで、私は普段から、必ず3〜4日分程度の眠剤は鞄に入れて持ち歩いている。たまたま終電を逃してホテルに泊まることになった時とか、地震が起きて数日間帰れなくなったとか、不測の事態に陥っても、苦労なく眠れるよう(かつきちんと眠って体力を温存できるよう)、いつでも準備しているのだ。誰かに確認したことがあるわけではないけれど、不眠の恐怖を味わった人なら、みな同じように持ち歩いているのではないだろうか。そして、こういうときは大抵緊張しているだろうと思うので、普段より強い薬もいくつか用意してある。

だから、もし私の鞄を調べられたら、眠剤が山と出てくる。職務質問にでもあったら、怪しまれるだろう。また、付き合い始めの恋人にそれを見られたら、疑われたりするかもしれない。普段使っているのはジェネリックだから、一見してハルシオンとはわからないはずなのだけど。私は寝泊りする関係になったら、薬を使うことは早いうちにカムアウトするようにしていて、今まで、特に不審そうな顔をされたことはなかったし、むしろ神経質で学者らしい、という感じに捉えてもらっていたと思うが、眠剤のイメージが悪くなって、今後、そういうことを言い出しにくくなったら困るなあ。てか、山のような薬でぐっすり寝てる間に、練炭を持ち込まれたら……。

何のために浪人するのか

進学校と言われる高校に通った人にとって大学に行くのはデフォルトだから、「何のために大学に行くか」なんて野暮な問いをするつもりはない。それより浪人、特に2浪以上の多浪までする場合「どうしてその大学を受けるか」というのが重要になってくる。よく予備校で「浪人すると不利だ」「多浪は就職できない」と言われる。私は会社員という人生を考えたことがなかったので、それらの言葉がいまいちピンと来ず、とりあえず行きたいところがあるんだから受かるまでがんばる、としか考えていなかった。しかし、職業を持ち、独り立ちすることを考えたとき、多浪は不利、というのは、実際その通りなのである。

浪人すれば、それだけ、選択肢は狭められる。1浪で有名大学に行けたなら大して問題なかろう。しかし2浪になると有名大学に行く旨みは減ってくる。端から見ると二浪は格下に見られる。本人は滑り止めのつもりでも、事情を知らない人からは「二浪してようやく○○大」という烙印が押される危険もあるのだ。また実生活で問題となるのは、同級生と友人になりづらいことだ。私は都心の予備校で過ごした後、私立大学に入学したが、そこでは大半が現役だし、地方から来る子たちも多くいた。そして私はその子達と全く話が合わなかった。いまさら高校の話をしたり、あの人と目があっただの、幼稚な会話をしなければならない。私は少数派だから、そのような彼らに話を合わせなければならず、入学当初は辛かった。多浪すると友人を作るのが困難なのは、覚悟した方がいいだろう。ただ、この問題は時間が解決してくれる。理系の場合、実験で皆と始終一緒にいることになるから、嫌でもうち解けてくる。文系ならばサークルで友人が出来るかもしれない。一年生を終えた頃には、彼らも様々な経験を積み、大人になっているから、溝は埋められてくる。

しかし三浪となると、また世界が違ってくる。東大文3に三浪で入った私の予備校時代の講師は、授業の中でしみじみと「東大に行っても楽しいのは二浪までです」と言っていた。日本の場合「キャンパスライフ」には、同世代の若者と過ごすという意味も含まれている。だから大学生活を楽しみたいのならば、とりあえず二浪くらいで目の前の大学に進学しておく方がいいだろう。周りはバカだらけだと思うかもしれないが、自分も客観的にはそのバカの一人である。そこは割り切って、生活を謳歌した方がいい。どうしても第一志望の大学に行きたいのならば、院試を目指した方がよほどいいはずだ。

また、三浪すると就職の年齢制限にひっかかる。これは生涯にわたって致命的なデメリットとなる。研究者を目指せば、そのデメリットも少しは緩和されるが、実は研究者にも学振(好きな研究をしているだけで助手より高い給料がもらえる旨みのある制度)とか、若手向けの各種奨学金など、年齢制限のある制度に出せる時期が減るなどデメリットは多く、浪人経験がプラスに働くことはない。多浪を決意する時は、希望する大学に入りたい一心で他の選択肢は考えられないだろうが、そのデメリットは、本人が考えている以上に大きい。だからなぜ多浪してまで拘る必要があるのか。決断する時には、その辺りを一度考えて見た方がいい。

そして浪人するにあたっては、自分の能力的な問題をよく考えなくてはならない。他の人は高校3年で受かる大学に、なぜ自分は4年以上必要なのか。それを考え直すべきだ。高校で十分に勉強したのに、その大学に入るための学力が足りなかったとしたら、それは、そもそも自分の実力には合わない大学を受けようとしているのであって、無謀な試みでしかない。明らかに勉強のスタートが遅かった、個人的な問題をかかえていて集中できなかった、などの理由がない限り、浪人を続けても生涯にわたるデメリットを増やすだけである。ただし私は地方の県立高校を出たので、地方公立出身者が、都会の中高一貫あたりと渡り合えない現状はよくわかる。だから地方公立出身者が難関大学を受ける場合、1浪くらいは仕方ないと思う。

しかしながら、ひどい鬱や神経症など、心の病を持っている人は、もちろんその限りではない。若くして病気になった人間は、健康な人と同じように戦おうと思ってはならない。病を抱えた時点で、健康に受験戦争を勝ち抜ける人達とは、違う道を歩まざるを得ないのだ。だから、病気を飼い慣らしながら、時間にゆとりを持って進学計画を立てるのは仕方がないだろう。もちろん年数がかかった分、デメリットはつきまとう。一部上場企業に新卒で入社、という事は諦めなければならない。具体的には、誰もが知っている大企業には入れないし、それゆえ現場での研究職、開発職に就くのは難しい。しかし人生はそれだけではない。このようなデメリットを受け入れた上で、人生設計をすればいいのであり、焦る必要はない。

私の場合、神経症により高校の授業は殆ど身についていなかったので、本格的に勉強を始めたのは浪人してからだった。普通の人でも、本格的な受験勉強は、大体高校2年の夏ごろからはじめ、2年間近くで完成させるものだろうから、それを思えば、2浪は仕方がなかったと思う。実際に私は、2浪の夏に偏差値が急激に伸びた。普通の人はこの時期が高校3年の終わり頃に訪れるのだろう。

ところで、私は二浪の時に実力相応の大学で手を打っておけばよかったのだが、当時つき合っていた子に影響されて、前々から行きたいと思っていた国立大学を受けてしまった。そのおかげで滑り止めの私立大学に進学することになった。その大学に行くことは私にとって屈辱だったので、そこに籍はおきつつも、また勉強を続けた。次の年のセンターは、まあまあの得点率だったので、安全な所を受けようとしたのだが、プレッシャーでウツになってしまった。だから、私は履歴書上、2浪1留という扱いで、三年ずれて卒業している。そして、2浪の時と比べて、3年ずれた事により、デメリットが急激に増大したのを感じた。

結果的に通学せざるを得なくなったこの大学を私は忌み嫌っていたのだが、昨今になり、過去の同級生の動向を見ると、同期は、まあまあそれなりに出世しているようだ。大学業界にいる者も少なくないし、マスターまで行った人の場合、企業に就職した者も、研究職としてアカデミズムに関与している。だから、私が思うほど周りは馬鹿でもなかったのだろう。(というか、要領の悪い自分の方がよほど馬鹿だったのかもしれない)。それならば最初に入学した年から普通に通い、2浪に留めておけばよかったんじゃないかと思うことがある。


「あこがれの大学」または「あこがれの大学生活像」というのは誰でも持っていよう。だが、そこに行って「あこがれの生活」を送れるのは、一浪か、せいぜい二浪までである。それを越すと、もはや思っていたような生活は送れないし、リスクの方が増えてくる。多浪を考えるときは、このような事を念頭に置きながら決断する必要があろう。

試験前日の薬

試験前日は不眠が強まり、薬の量が増えてしまう。私は何度か失敗しつつ試行錯誤を重ねて、大体今はコントロールできるようになった。参考までに私の薬の服用量や種類をここに記しておく。なおこれらの薬は個人差が大きいので、必ずしも全ての人にあてはまるわけではない。

1.デフォルト:ハルシオン0.25mg+リーゼ5mg 普段は大体この組み合わせ。緊張の度合いによって、各薬の量を増やしたり、別の薬を用いたりする。

2.少し緊張するとき(大事な仕事の前日など): ハルシオン0.25+リーゼ5mg+マイスリー5mg

3.めちゃくちゃ緊張するとき(就職での面接や試験の前日): ハルシオン0.25+ワイパックス0.5mg これで大抵眠れる。それでも無理だったらマイスリー5mgを追加。

4.どうしても眠れないとき
ハルシオン追加
マイスリー10mg追加
最初にハルシオンを追加し、それでも眠れなかったらマイスリーを加える。マイスリーは短時間で効き目が消えるので、翌日の試験にあまり悪影響を及ぼさない。だから、なるべく最後の一押しとして使うのが効果的。普段は5mgしか飲まないが、こういうときは安心できるよう10mg服用する。

★薬を加える時のコツ
1.最初からいつもより多めに飲む: 緊張していれば、普段より不眠になるのは当然。だから最初から多めに飲み「眠れないのではないか」という不安をぬぐい去っておく。

2.薬の効き方が長時間→短時間のもので追加していく: 当然ですね。間違っても最終手段としてサイレースを用いないように。私の場合、気づいたら試験が終わっていた(泣)。

3.起床時間の4時間前(試験の7時間前位)を切ったら、潔く諦めて、徹夜を決め込む: もうこの時間になったら、何を飲んでもムダ。たとえ眠れても、overdoseで試験では使い物にならない。次第にイライラが募り、つらい夜になるだろうが、徹夜でもした方がいい。いったん徹夜を決め込めば逆にリラックスし眠れることもある。くれぐれも、この時間から薬を追加しないように。


〜〜おまけ・大人の代替方法〜〜
当然のことですが、恋人がいる場合は、セックスすれば眠りやすくなります。ピロートークで緊張もほぐれますし。彼・彼女には、合い鍵を渡し、自分が眠った後でそっと帰ってもらうよう頼んでおきましょう。私は大人になってから、この方法で前日の緊張を和らげられるようになりました。ただし、ウツ気味の人を恋人にしないように。明るい人とつき合いましょう。


★薬を飲み過ぎた朝の対策
1.カフェイン攻撃: ともかくコーヒー、お茶を飲み、覚醒につとめる。
2.食事をとる: 軽く食事をすれば、血糖値が上がり、目が覚めてくる。甘いもの、炭水化物をとるように。
3.汗を流す: 体を動かし、暖めれば、少し目が覚めてくる。実際私は、試験会場の校舎の屋上に上がり、試験が始まる前までそこでランニングをした。汗が出るほど体が興奮してくれば、頭も少しは目覚めてくる。(社会人になってからの試験だったが、この時は30倍の難関を無事に通過した。薬を飲んでたのに、我ながら凄いな〜と思う。こうした対処方法を学部受験時に知っていれば…)。


こんなとこかな。

ドラッグの向こう側

学部生の時、私は鬱病からの回復期で不安定な精神状態にいた。自分の存在を消してしまいたい一心で、クラブに通い、酒と大音響の中に身をおいたり、敢えて退廃的な人々とつき合いながら、体が壊れるのを待つ生活を送っていた。そして、20代半ばに、私の体は実際に壊れた。その疾患は、私が予想していたような、命を奪う事態は招かず、代わりに、一生にわたる不自由を強いる障害を残していった。幸い、日常生活にそれほど支障を来すものではなく、少なくとも研究をする上では、さほど問題ない種類のものだが、今後、加齢とともにより深刻化することは目に見えているし、今も私の身につきまとうこの症状を感じ取ると、取り返しのないことをしたのだと、後悔の念にさいなまれる。特に、子供時代、せっかく健康な体を与えてくれた母には、申し訳ないと思う。しかし、そのときの私は追いつめられていて、自分の身体を危険に晒す事でしか、目の前に横たわる時間を、乗り越えられなかったのだ。

そういえばあの当時、今では名前も思い出せないような、軽いつきあいの友人から、何度かドラッグを勧められた。当時はまだ一般の大学生の手に入るようなものでもない上、村上龍的なドラッグ&セックス生活が、いまだクールに捉えられていた時期で、ドラッグといえば時代の先端を行くヤツがやるもの、というイメージがあった。しかし私は、合法的とはいえ薬漬けの生活をしていたので、これ以上、薬には近づきたくもないと思い、ドラッグには一度も手を出さなかった。その背景には、リタリンを抜くときの体験も影響していたと思う。アレはもう二度と経験したくない。一度あの苦しみを知ったら、もうドラッグに手を出す人などいないんじゃないかと思うが、ドラッグは再犯率が高いようだ。なぜなのだろう。そもそもドラッグに手を出すような、彼/彼女の社会環境に問題があるのかもしれない。

最近は芸能人の大麻覚醒剤汚染で少し変わってきたかもしれないが、今でもドラッグを美化する見方は存在するのだろうか。私は後に米国で過ごした時、黒人の研究者と親しくなった縁から、黒人たちばかりが住む地域で暮らしたことがある。そのとき、黒人の間ではドラッグが貧困を媒介として蔓延するものだと知り、ドラッグに関する意識が劇的に変化した。以来、ドラッグの社会的な位置づけを、ハリウッド風のアウトローな装飾物ではなく「積み木崩し」における(世代の現れる表現だな)シンナーと同等なものと捉えている。シンナーだと思うと、この薬を用いることの馬鹿馬鹿しさがわかるのではないか。映画やテレビでは粉を鼻ですするシーンが出てくるが、あれはつまり、ウンコ座りでシンナーの入ったビニール袋を吸っているようなものだ。ドラッグ・ディーラーは、安物のジャージを着て、リポDにシンナーを詰めて中高生にさばく売人である。あの小汚いオッサンが、その上がりで、中古のベンツや喜平のアクセサリーを買って喜んでいる。…ほらね、そう思うと格好悪いでしょ?

さて、私は自暴自棄だったとはいえ、本当にヤバイことはせず、消極的に身を持ち崩したのみで、法を犯すことはしなかった。それは今思うと、自分の生まれ育った環境のせいなのだと思う。大学生活では殆ど友人がおらず、親族との連絡も取らず(当時私はある事情から家を抜け出して行方不明の状態になっていた)、自棄になってはいたが、それでも自分が生まれ育った環境、自分は、ある程度の社会集団に属する人間だ、という自負が、心の中に根付いており、本当に『あっち側』に行くような人間ではないと思っていた。そのような自尊心が、一線を踏み越える事を許さなかった。

こうした経緯を考えると、人の生涯はずいぶん環境に影響されるものなのだと思う。もし公共に対する道徳心とか、法に対する意識がそれほど強くはない家庭・環境に育っていたら、私のように心の弱い人間は、ごく簡単に『あっち側』に行っていたかもしれない。このような人間が、危険と隣り合わせた状態になりながらも、結局はこうやって(恐らく社会的にも悪くはない位置で)無事に堅気の生活を送れているのは、様々な面で恵まれていたからだと思わざるを得ない。
−−−それなのに、若気の至りとはいえ、健康を恵んでくれた母の意に反してしまった。母には今でも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

プロ患者

論文や大事な発表を前にして、時折、薬の量が増えることがあり、そのとき私は、主治医に申し訳ない気持ちで、薬を増やすようお願いする。しかし大抵、医師は、大したことない、という雰囲気で、簡単に処方してくれる。私は服薬歴が長いので、自分では、自分をあたかも薬漬けの人間の如く考えているが、精神科の患者の中では、症状の軽い部類に入るらしい。

長年の通院経験において、見るからにヤバそうな患者を見たことも少なくない。臭かったり、汚れていたり、薬を求めて暴れる人もいた。また、見た目は特に問題なくとも、待合室で見ていると、山のような薬を受け取っている人もいた。(最近は院外処方の医院が増えたので、他人の薬までは分からないが)。そのような中、せいぜい2種類の薬を一日一錠しか服用していない私など、かわいいものだと思う。最近では、診察室の中で、私が医師のライフコース上の悩みを聞いてあげる羽目になることもある。たいてい雑談の延長上でそのような話になるのだが、長年にわたり容態が安定しているから、医師も安心しているのだろう。そういった話を聞いていると、一般的な職業と違い失業の心配がないとはいえ、医師には医師なりの苦労があるのだなあと思わさせられる。

私の様な精神科のプロ患者?になってくると、医師の精神状態もだいぶん把握できる。町の小さな医院では医師もピンきりで、もちろんピンの方もいるが、時にはこんなのでも雇わざるを得ないほど日本は医師不足なのか、と思わさせられることもある。たとえば、なにやら職業上の葛藤を抱いているらしく、患者の前で上手く自我をコントロールできない医師がいたり、朦朧としていて明らかに薬を飲んでるな、と思う医師もいたり。ひどい例では、全く話の疎通のとれない医師もいて、これは統合失調症だろう、と思わさせられる事もあった。医師も色々だ。

精神科でのみ見られる事かもしれないが、注射や採血の出来ない医師もいる。看護師がおらず、たまたま医師が実施する必要性に迫られた時、注射器を持った彼が脂汗を浮かべ、針の先をブルブル震わせているので、そのときは本当に止めてもらいたいと思った。そもそも医療行為に向かない医師が精神科を選ぶという背景もあるのだろうか。

ところで時折、街の開業医で、特殊な精神発達を遂げた人に出会うことがある。ある精神科の院長は、40代〜50代であろうが、金髪にジーパン、ヴィトンの限定らしき珍しい形をしたバッグを持っていて、なり損ねのヤンキーの如き容貌を呈していた。そのときは「この人、まともに診察できるのだろうか」と不安になったのだが、診察を終えてみると、まあまあごく普通の医師。「ちょっと人と違う人間になりたいけど、実は小心で、中2病的な自己顕示欲の一形態としてワルを気取ってるだけ」という状況である。診察自体は悪くなかったのだが、自分がその変形ヴィトンをはじめ彼の装飾品を買うカモにされるようで、イヤ〜な気分がしたので、もう行くのはやめてしまった。とはいえあの院長がその後、さらにどのような心的発達を遂げているか気になる。怖いもの見たさでもう一度行ってみたい気もしている。

それから、待合室に「男の一流品図鑑」なんてカタログを置いた医院がある。わざわざ患者のために買ってくる種類の本ではないから、院長の趣味であろう。そういった本が置かれているのを見ると、またこの手の医者か、とゲンナリしてしまう。同様の事例は、事務員として妻とおぼしき女性が勤めている場合にも生じることがある。

妻が事務として働くこと自体は、仲むつまじき家庭内分業というイメージで問題ないのだが(実際に、知的だけど控えめで良妻賢母的な奥さんが事務をやっている事はままある)、その女性が、往事の神田うのの如く、似合わないブランドで固めたファッションをしていたりすると、彼女の貧しい虚栄心を感じ取り、嫌な気分になってくる。そもそも医療とは福祉現場のはずなのだが、そのような場で金銭的な優越性を示すことに、何の意味があるのか。患者が彼女の自己顕示欲を果たすための道具とされているだけだ。そのような院長夫人は、自費診療の医院ならともかく、保険診療医療機関では百害あって一利なしである。もちろん実際には、夫人のあり方だけで通院先を変えるようなことはないが、そういう所は、院長も大抵似たようなタイプの俗物なので、たまたま仕事の都合で通いづらくなったら、特に無理して行く気持ちにはならず、次第に足が遠のいていく。

さて、このような医院、医師の選び方は、私の個人的な嗜好にしか過ぎないので、中には、中2病的金ピカ先生や、ブランド夫人を好ましく思う患者もいるかもしれない。けれども私は経験的に、福祉としての医療行為を信条とし、その役割を果たす自分に自信を持っているような医師の方が、診断、投薬にも高い腕を持っているのを認識しているため、そのような医師を選ぶようにしている。そして私も、せっかく見つけた良医には迷惑をかけたくないから、医院にとってのコンスタントな収入源となるよう真面目な患者となる。また私は仕事柄、比較的時間に自由が利くため、医院の暇な時間帯に診察を受けるという、医師にとっては便利な患者となる。こうなると、双方にとってメリットのある関係を築くことができるし、医師とのいい関係が、私の症状を安定させ、精神的に、よりよい状態を作り出してくれているのだと思う。

なお私の経験では、残念ながら、このような医師選定方法は、歯科医には適用できない。歯科医の場合、医師の人となり、物事の客観的な把握よりは、手の器用さなど別の要素が関係しているようだ。私が10年にわたり通っている歯科医院は、彼のプチブル趣味の本が待合室に山と積まれている。